健康教育の歴史
history of health education
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1891 年
バスケットボール、
バレーボールの発明YMCAが生んだスポーツを
日本への導入・普及にも貢献
バスケットボールは1891年、アメリカのYMCAスタッフが考案したものです。「青少年が、雪の季節や狭い場所でも仲間と楽しく体を動かせるプログラムを作りたい」と願って考え出しました。最初はゴールに桃の収穫用カゴを使い、ゴールするたびに、はしごを登ってボールを取りだしていました。バレーボールもまたアメリカYMCAで1895年に、バスケットボールよりもプレーヤー同士の接触が少なく、幅広い年齢層が楽しめるスポーツとして開発されました。
東京YMCAは1909年にバスケットボール、バレーボールを日本に紹介し、その普及に貢献しました。1921年第5回極東オリンピックには東京YMCAバスケットチームが日本代表となっています。
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1917 年
日本初の室内温水プール
付き総合体育館の建設青年のために
9 年の歳月をかけて築いた体育館
東京YMCAは1917年(大正6年)、日本で初めて、室内温水プールのある総合体育館を作りました。これは1908年に欧米YMCAを視察した東京YMCAの第2代総主事・山本邦之助が、「日本の青年にも、体育活動を広めたい」と願って建設したものです。当時はまだ「兵式体操」で足りるとされていた時代だったため山本は、体育事業の必要性を説得して周り、9年の歳月をかけて建設しました。
日本水泳界の近代化を牽引した
YMCAプール
写真:クロール練習風景
このプールでは「水府流」や「神伝流」などの古代泳法に代わって、クロールなどの近代泳法を紹介し、日本の水泳界の国際化に貢献しました。当時は他に温水プールがなく、オリンピック水泳選手もYMCAのプールで練習を行っていました。
日本初のボウリング場をはじめ、
多彩なスポーツ活動の場を提供室内体育館には、日本初のボウリングアレーも設置されました。当時はピンを手で立て直す方式でしたが、人気があり、大会も開かれていました。他にもフェンシング、ボクシング、レスリング、器械体操、デンマーク体操、ハンドボールなど、それまで日本に馴染みのなかったスポーツを次々と紹介し、多くの青年たちに楽しい体育活動の場を提供するとともに、指導者養成にも取り組みました。
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1960 年代〜
対象を広げた
健康教育の展開「0 歳から 100 歳まで」
スポーツをみんなのものに1960年代からは、「0歳から100歳まで」をスローガンに、それまでは対象とされていなかった幼児や主婦のための体育教室を始めました。またそのために多数の指導者を養成します。障がい児・者プログラムの研究もスタートし、1966年にはスキー教室も開催しました。
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1980 年
日本初の全日制体育系
専門学校を開校創立 100 周年を機に、
次世代の体育指導者の育成へ
1980年には、東京YMCA創立100周年を記念し、日本で最初の全日制体育系専門学校として「東京YMCA社会体育専門学校を開校し(現:東京YMCA社会体育・保育専門学校)」を設立。社会体育領域の指導を職業としていく若者の養成を始めました。
1990年前後から広まってきた民間企業によるスポーツクラブにも、多数の指導者を送り出しています。
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2007 年以降
地域施設の運営にも参画
― 地域福祉の拠点へ行政と協働し、
地域に健康と安心を届ける取り組み
現在は、都内小学校の臨海学校などに水泳指導者を派遣しているほか、行政とも協働して、広く地域にウエルネスプログラムを提供しています。2007年からは港区立芝浦アイランド児童高齢者交流プラザを、2011年からは江東区児童・高齢者総合施設「グランチャ東雲」をそれぞれ指定管理者として運営しており、YMCAで開発した介護予防プログラムや水泳クラスなどを実施しています。
YMCAで開発した介護予防プログラムは、楽しくできると好評で、江東区内では他施設職員にも研修を行なっています。
子どもたちに伝える"水の安全"
― 着衣泳やハンドブックで啓発
また毎夏には、『ウォーターセーフティー水上安全講習会』を開催。近隣の小学校などに無料のハンドブックを配布したり、着衣泳の講習会を開催するなどして、水の事故から身を守る方法を広く子どもたちに伝えています。
地域の健康のために
for the health of the community
地域の誰もが健康で豊かな生活を送れるよう、
行政との協業事業や会員の自主活動により、
地域の健康づくりに取り組んでいます。