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YMCAの誕生ストーリー

story

YMCAは"希望の木"
一粒の種が世界に広がって

YMCAは1844年、イギリスで誕生しました。当時は産業革命が進み、今では考えられないような劣悪な労働環境の中で子どもまでが働かされていた時代で、人びとは何の希望も持てないほどに疲れ果て荒んでいました。

そんな中で、ジョージ・ウィリアムズ(写真)は心豊かな人生を願い、彼が住み込みで働いていた呉服店の部屋に仲間を集め、共に聖書を読んで祈り、語り合う会を始めます。6月6日、12人の若者たちがこの集まりをYMCA(Young Men's Christian Association)と名付けて組織しました。

創立者ジョージ・ウィリアムズ

創立者ジョージ・ウィリアムズ(1821~1905)は、英国ビクトリア女王から「人類に対する非凡な奉仕」と称えられ、ナイトの称号が与えられました。ロンドンのSt.Paul大聖堂の地下礼拝堂にお墓があります。

YMCAは、呉服店の店長や銀行員、伯爵など、多くの人たちの支援を得て広がっていきました。ロンドンの職場では次々と集会が行われ、さらに知性の向上のためにと街角に図書室が作られました。図書室には快適なティーラウンジに世界の雑誌が展示されるなどして、若者たちの拠り所になったといいます。一流の講師による講演会も開催されるようになり、数年後には専属スタッフを雇うほどに成長しました。

誕生から7年後の1851年に、ロンドンで世界初の万国博覧会が開催されましたが、その会場でジョージたちは、YMCAを紹介する冊子を約35万部配布。それを機にYMCAは、ヨーロッパだけでなく北米やオーストラリアにも広がっていきました。

各地に広がったYMCAは、それぞれの地で新しい活動を創り出していきました。ドイツでは、職を求めて旅をする若者たちのために、安心できる宿舎事業が行われました。 北米では、YMCAのロゴマーク「赤三角」が創られ、「精神」「知性」「身体」のバランスのとれた成長を願って、教育キャンプや体育プログラムなどの社会教育事業が発展しました。1891年には「雪の季節にも青少年が体を動かして楽しめるように」と、YMCA主事によってバスケットボールが考案され、1895年にはバレーボールも生み出されました。 日本では1880年(明治13年)に東京YMCAが設立され、英語教育や職業教育、体育事業、野外教育などが展開されました。

YMCAは、アジアや中東、アフリカ、南米など世界中に広がっていき、現在では、世界120の国と地域で6,500万人が活動する世界最大規模の非営利団体となりました。途上国では貧困問題を解決するため、職業教育や識字教育などが行われ、中東では、戦災で傷ついた子どもたちのケアにも取り組んでいます。 キリスト教の精神を基盤にしながらも、誰にでも門戸を開放し、その地域のニーズに合わせて多種多様な活動を行なっています。

ロンドンにまかれた一粒の種は、国境を越え、宗教も民族も越えて世界中に枝をはって大樹に成長し、各地でさまざまな実を結んでいます。あらゆる人の、希望ある豊かな人生を願って、今日も希望の種はまかれています。

YMCAとキリスト教

YMCAは、Young Men's Christian Association の略です。日本語では「キリスト教青年会」と訳されます。 「キリスト教」を基盤としていますが、布教や伝道をする団体ではありません。YMCAの活動は、クリスチャンだけではなく、すべての人に開かれており、YMCAの事業・活動に参加するのに、宗教が問われることは一切ありません。

創立者ジョージ・ウィリアムズは熱心なクリスチャンでしたが、布教はせず、キリストの「愛と奉仕の精神」を、YMCA活動によって具体的に実践しようとしました。彼にとってYMCAは、布教の場ではなく、隣人に仕える場でした。この姿勢は、今日に至るまで変わることなく受け継がれています。

しかしこの、「愛と奉仕の精神」を実践しようとする思いは、時として、行政や社会一般が取り組まないような福祉活動、教育活動を先駆的に生み出す原動力となりました。 人に仕えようとする思いこそが、希望を必要とする人に希望をもたらし、あらゆる人の限りない成長のために活動してきたYMCAの原動力です。

YMCAの歴史について
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書籍のご紹介 使命と歴史